2012年最初の投稿がこんな記事になるとは想像していませんでしたが、残しておきたいことがあるのでブログに書きます。正直皆さんにお読みいただくのはおこがましいというか、たかが私のことなのであまりお気に留めずにいただきたいのです。ただ、これから私が生きてゆくにあたって忘れてはならないことかと思い、ついブログに書きたい衝動にかられました。
ハッピーな気分で今いらっしゃる方はあまりお読みにならない方が良いかと思います。
先日、
私は命を落とそうと考えました。いわゆる自殺です。生きる希望全てを失ったように感じたからです。歌うこと、病気が治る気配がないこと、大切な人、仕事、…(こう書いてみると案外少ないものですね) 今まで何度も死にたいと思ったことはありましたが(病気の症状もあり)、今回は決意が固かったのです。早速私は、遺書を書きました。さっきも出てきたように、理由なんて今思えばほんの一握りで、少しためらいましたが、それでも家族と私の周りの人へ遺書を書きました。ジュディシルを聴きながら。そして、その翌日に、方法は言えませんが実行しようと決意したのです。
次の日、私は病院の受診日でした。帰ってきたら実行しようと。母と一緒に出かけ、ああこれが母と一緒の最後の外出なんだなと思いながら、バスに乗りました。バスを降りて、駅に降り立った時、急に電話が鳴りました。父からでした。「今家にいるから。」「あ、そう。」何も気にせず母にそれを伝えると、母は急いでもう一度父に電話し直し、驚嘆の声をあげました。どうしたの?と聞くと、どうやら父は仕事先で大けがをして一時的に家に戻っているとのこと。詳しく聞くと、前日から泊まりで仕事だった父は、勤務先で急にめまいがし、そのまま倒れ込み、顔をはじめ色んな箇所を大けがしてしまったとのことでした。私は身震いしてしまいました。それから一息ついて、父の命が無事だったことに安堵しました。そして自分の愚かさに大きくあきれてしまいました。私は何て身勝手なことをしようとしていたんだろう。父と母からもらった命を、簡単に捨ててしまおうとしていたなんて信じられない、何とも情けない、罪の意識にかられました。
受診を終え、家に帰ると、病院を転々とし疲れ果てた父がいました。「いてーな、もう。」顔中針でぬった顔で痛々しそうに笑う父を見て、本当に生きていてくれてよかったと思いました。そして私自身、生きていてその笑顔を見ることができてよかったと思いました。
それから父は入院し、今でも「おいイケメンの医者がいるぞ」などと下らない電話をかけてきたりします。痛みでくたくたなはずなのに。
結果私は、普段さほど言葉を交わさない父に命を救われました。こんなことをしてはいけない。誰かを悲しませてしまうから。私は生かされているのだとつくづく感じました。きっと何か意味を持って生きているのだと。薄れてしまった希望は簡単には帰ってきませんが、いつかまた一歩進んでいられるように、ここに記しておこうと思いました。
最後に、ここまで読んで下さった皆さんありがとうございました。色んな思いをさせてしまったと思いますが、私の我が侭でここに残させて下さい。